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だい33 回 「おしえて?赤十字」

おしえて赤十字 ●手づくりの赤十字のハタ
- 2002年9月号 -

三上剛太郎(みかみごうたろう)さんは 日露戦争(にちろせんそう)のときにかつやくした 医師(いし)です。
1905(明治38)年に 、満州:まんしゅう(中国の東北部)の 三尖泡(さんせんぽう)というところに 救護所(きゅうごしょ)をつくって、けが人をてあてしていました。

三上剛太郎
【三上剛太郎】(みかみごうたろう)
1869〜1964(明治2〜昭和39)

本州てっぺんの村:青森県佐井村で、先祖代々医師の家の8代目として生まれ、地域医療・教育に貢献。
1963年、赤十字銀色有功賞を受賞。

このとき三上剛太郎たちは、ロシ ア軍(ぐん)とのはげしいたたかいに、まきこまれてしまいました。
ま冬の満州はとてもさむく、救護所には、たくさんのけが人がくるしんでいましたが、くすりや食べものもたりなくなってしまいました。

そこで三上剛太郎は、 三角巾(さんかくきん)2枚と赤い 毛布(もうふ)()いあわせた「手づくりの赤十字のハタ」をつくり、救護所にかかげました。
ミシチェンコ将軍(しようぐん)のロシア軍も、このハタをみて、そこが 救護所(きゅうごしょ)だとわかり 、攻撃(こうげき)をやめました。

こうして「手づくりの赤十字のハタ」は、ロシア人をふくめ70人いじょうの  命(いのち)をたすけたのです。

赤十字旗 【手づくりの赤十字旗】
縦・横1.3m、三角きん2枚を縫いあわせ、赤い毛布の切れはし2枚を縫いつけてある。
「明治三十八年一月二十七日満州黒溝台三尖泡繃帯所ニテ造ル」と自筆の墨書。



このハタは、1963(昭和38)年にスイスのジュネーブで開かれた「赤十字100 周年記念博覧会(しゅうねんきねんはくらんかい)」に 展示(てんじ)され、 世界(せかい)の人たちにおおきな  感動(かんどう)をあたえました。
いまも、三上剛太郎のうまれた 青森県(あおもりけん)の赤十字 支部(しぶ)に、たいせつに 保存(ほぞん)されています。

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